小話:下書き2

誰が使うわけでもないからだろう、掃除している様子はない。

そこら中に鳥の糞がこびりついているし、風で運ばれたのか砂が積もって歩くとジャリジャリする。明らかに人工物なごみ―コンビニ袋やら何やら―は、これも風によるものだろうか。あるいは業者や、今の僕たちのように忍び込んだ誰かが放置していったのかもしれない。

「開放的ですねっ」

それでも、彼女のテンションは高い。僕もまあ、楽しくないといえば嘘になる。朝6時の眠気と朝日と肌寒さ。僕は彼女に誘われて、学校の屋上にいる。

 

給水タンクを点検する業者が、鍵をかけ忘れていったらしい。なぜそんなことが分かったのか聞いたところ、常に屋上に行くチャンスを狙って、何かの間違いで鍵が開いていないか、定期的にチェックしていたのだという。

いつも通りの馬鹿みたいなテンションで、しかし周囲を憚って小声でそれを報告した彼女は、僕に次のような「屋上潜入計画」を提案してきた。

その1。本日放課後、学校に居残り、誰もいなくなるのを待つ。

その2。夜明けとともに屋上に潜入する。

僕の問い:今日? 彼女の答え:明日だと鍵閉められてるかも。

問い:セキュリティとか。答え:ああいうの外からの侵入者対策だと思うから、始めから中にいれば多分大丈夫。

問い:ひとりで行け。答え:夜の学校に一人とか怖い。

…分かってくれるとは思うのだけれど、一般的な高校生男子が、ちょっとした非日常的体験の予感に釣られたとしても無理はない。憎からず思っている後輩からのお誘いなら、なおさらだ。

 

周囲を一通り見て回った彼女は今、一番眺めの良い北側の縁に立っている。僕は入口そばで、椅子に逆向きに座って彼女を見ている。椅子は、屋上手前に、おそらく廃棄のため纏められていたのだろう幾つかから拝借したものだ。もっと近くにいるべきだと思うのだが、恥ずかしながら高い所が多少怖い。下を見下ろせる場所には近づきたくなかった。

所詮は学校なのでたかだか5階建てだけれど、山の中腹に建っているおかげで、意外に遠くまで見渡せた。斜面に密集した住宅街、通学路を下っていくと交差する国道、その周辺の本屋やファストフード店、国道と並行に走る線路。その先の………川までは見えないか。人の気配もなく、やや朝靄がかった風景は、確かにちょっと悪くない。

椅子の背もたれ部分に片肘を立て、手に顎を載せて彼女を見る。背中を向けた彼女の表情は、当然ながら分からない。

彼女が好きだった相手に、直接の面識はない。幼馴染で、サッカー部で、結構な人気者らしい、という位だ。うちの高校のサッカー部は、あまりタチの良くないタイプのヤンチャ揃いなのだけれど、その一人であるクラスメイトに聞いたところ、彼はそいつらにも染まらず真面目にサッカーに勤しんでいるらしい。まあ聞く限り、結構な好青年だ。

彼女が好きになるのも不思議ではないし、恋人ができるのも、それを幼馴染に報告するのも不思議ではない。非常に論理的だ。不明点は一切ない。

たかが恋を無くしただけで、そんなに不安定になることもないだろう。僕はそう思うのだけれども。

彼女は屋上の縁で、動かないし、声も発しない。凄い失礼な感想だとは思うが、馬鹿が静かだと不安になる。