愛国心:下書き2

僕が愛国心という言葉に好感をもてないのは、愛国心という言葉が好きな人たちが好きではないから、という理由が多分に含まれるのは否定できない。のだけれど、それとは独立して、やはり愛国心という概念自体に対して、嫌悪感とまでは行かなくても、何というか遠ざかりたい気持ちになる理由が、それとは別に存在するように思う。

 

愛国心は一種のフェティシズムに過ぎない、と考えることがある。その理由は、国家とは実体ではなくシステムだ、とみなしているからだ。それを物象化して崇拝するのだから、フェティシズムの要件は満たしているだろう。

 国家は自然発生したものではないし、個人より以前にある存在ではない。それは人為的に作られたシステムであり、従って所定の目的を持っている。

では、国家というシステムは何のために存在しているか。国家そのものの存続や称揚ではない。個々の人間が、個々に存在するよりも集団化することで生存と繁栄を容易にしようと努め、その目的の為にその集団を効率的に運用するシステムとして、国家が存在する。つまり、国家の存在意義は、個々の人間の生存と繁栄の確保である。人のために国家があるのであって、その逆ではないことは、さすがに自明の理だとみなしたい。

である以上、国家がそこに属する個人のために奉仕することは当然である。

 

弱肉強食 自力救済 生活保護に対する批判

社会保障に頼る「弱者」を批判する人びとは、なぜ自分が国家の庇護下にいることを疑問に思わないのか 

であれば、自力で生きていけばいい。国家の存在は必要ない。 

 

センター試験 社会保障制度 への忠誠心?

 

全体は部分の集合以上のもの

 

国家を単なるシステムと規定してしまうと、国家が主体として振る舞う場面で齟齬が生じるように思う。国際社会における第一のポリティは現在のところ国家であるし、一国内においても、例えば訴訟の対象となるには法人格が必要であって、単なるシステムに責任能力はない。国家の犯罪だとか、不作為だとか、その他諸々を追求するにしても、国家は一個の独立した主体でなければ不都合だ。

 

所属組織に対して愛着が生まれることは、自然なこととして理解すべきだろうと思う。ただ勿論、それが無条件なものであるはずはない。三年間いじめられていた学校 ブラック企業 ブラック企業こそ愛社精神を強調する

 

愛されるなら愛されるに値する存在になる必要

 

子供は親を無条件に愛さなければならないのか

システムを維持するための義務 所属組織に対する愛着

 

パトリオシズムとナショナリズム 愛郷心愛国心 イタリア