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国語:下書き2

主に学校科目としての国語について。

 

「作者の気持ちなんてわかんねえよ」というのが、国語が苦手な人の常套句であるように思う。が、この時点で間違っている。

まず、認識しておくべきは以下の二点。

「作者の気持ちなんて聞いてない」

「君の感想も聞いてない」

国語で問われているのは、「この文章には何が書かれていますか」ということのみで、答えは全て本文に書いてある。従って必要なのは、文法規則や文章構成通りに読むこと、端的に言うと誤読しないこと、それだけだ。

 

あらゆる文章には解釈の余地がある。同じ文章でも、読む人によって解釈は変わる。

それはそのとおりだけれど、学校科目としての国語で求められているのは、「テクストは書かれた瞬間に書き手から独立し、読み手に開かれている」とかそういうレベルの話ではない。

そもそも「解釈」の幅は無制限ではない。

例えば、「僕は今日はカレーが食べたい」という文章だけがあったとして、これを「ラーメンは豚骨醤油に限る」という意味だと解釈して良いだろうか。

これで「良い」と答えられてしまっては話が進まないので、「良くない」という前提で話を進める。

「僕はカレーが食べたい」という文章だけが単独で存在する場合、文法通りに可能な解釈は、文中の「僕」が「カレーが食べたい」と考えている、ということのみだ。

で、国語の問題が聞いているのは、<「僕はカレーが食べたい」という文章には何と書かれていますか>ということであり、その答えは<「僕」が、「カレーが食べたい」ということ>である。繰り返すが、それだけだ。

 

文脈を読む、という行為は必要である。が、これも別に、書いてもないことを想像しろ、ということではない。

 

本文:

「僕はカレーが食べたい」

母の問いかけに、タカシはそう返答した。

彼にとって、カレーと言えばチキンカレーのことだった。

 

問:

タカシ君が食べたいのは何カレーですか

 

「カレーが食べたい」という文章だけであれば、何カレーかは不定。しかし上記の文章では、タカシにとってカレー=チキンカレーなので、答えは「チキンカレー」でなくてはいけない。

 

本文:

「僕はカレーが食べたい」

母の問いかけに、タカシはそう返答した。

彼にとって、カレーと言えばチキンカレーのことだった。先週までは。

タカシは一昨日初めて食べたグリーンカレーの刺激が忘れられない。

そのことを伝えようとしたのだが、母は「分かった、カレーね」と言って、さっさと電話を切ってしまった。

 

 

問:

1.タカシ君が食べたいのは何カレーですか

2.晩御飯で出てくるのは何カレーですか

 

この場合、1の答えは「キーマカレー」、2の答えは「チキンカレー」になる。

このくらいの簡単な文章であれば間違えることもないと思うけれど、文章が複雑になっても、やることはこれと同じだ。

 

「文章を書かれたとおりに読む」ことが国語の基本だとすれば、読解の練習のために重視すべきは物語文(小説)ではなく説明文(評論)だ。

そもそも評論は、主張したいことが正確に伝わるよう、作者が努力して書いている。「AはBだ」という主張を、「AはCだ」とか「AはBではない」とか理解されると困る。「AはBだ、と作者は主張しているのだな」と読み取ってもらわなければ意味がない。作者の文章力に難があれば別だが、少なくとも教科書や試験で出題されるものは、読めば伝わる文章が選ばれているはず。

 

(時間が来たので今日はここまで)