このブログの目的

  • アウトプット嫌いの性格改善
  • 文章を書くリハビリ
  • 1日30分~1時間位、考えたことを書く
  • 毎日だと挫けるので、週に4日以上とする
  • 文章を書くこと自体が目的なので、内容の精度は気にしない
  • 従って、的外れなこと、調べれば分かるような疑問の垂れ流し、なども可とする
  • 勿論、調べたり推敲して書いても構わない
  • その他、思いついたら目的は適宜追加する

小話:下書き3

誰が使うわけでもないからだろう、掃除している様子はない。

そこら中に鳥の糞がこびりついているし、風で運ばれたのか、砂が積もってジャリジャリしている。コンビニ袋やら何やらの人工物なごみは、これも風によるものだろうか。業者や、今の僕たちのように忍び込んだ生徒が放置していったのかもしれない。

扉を開け放った彼女は、それでも嬉しそうに小走りで―というにはやや過剰なスピードで端まで駆け寄っていく。

僕もまあ、楽しくないといえば嘘になる。朝6時の眠気と朝日と肌寒さ。忍び込んだ学校の屋上に、テンションも上がろうというものだ。

 

給水タンクを点検する業者が、鍵をかけ忘れていったらしい。なぜそんなことが分かったのか聞いたところ、常に屋上に行くチャンスを狙って、何かの間違いで鍵が開いていないか、定期的にチェックしていたのだという。

いつも通り楽しそうに、しかし周囲を憚って小声でそれを報告した彼女は、僕に次のような「屋上潜入計画」を提案してきた。

その1。本日放課後、学校に居残り、誰もいなくなるのを待つ。

その2。夜明けとともに屋上に潜入する。

なぜ今日なのか。明日だと鍵閉められてるかも。

セキュリティとかあるだろう。ああいうのって外からの侵入者対策じゃないですか? 始めから中にいれば大丈夫ですよ。

ひとりで行け。夜の学校に一人とか怖いじゃないですか。

…分かってくれるとは思うのだけれど、一般的な高校生男子が、ちょっとした非日常的体験の予感に釣られたとしても無理はない。憎からず思っている後輩からのお誘いなら、なおさらだ。

 

周囲を一通り見て回った彼女は今、一番眺めの良い北側の縁に立っている。僕は入口そばで、椅子に逆向きに座って彼女を見ている。ちなみに椅子は、屋上手前に、おそらく廃棄のため纏められていたのだろう幾つかから拝借したものだ。

もっと彼女の近くにいるべきだと思うのだが、恥ずかしながら高い所が多少怖い。下を見下ろせる場所にはあまり近づきたくなかった。

所詮は5階建ての校舎なので高さは知れているけれど、山の中腹に建っているおかげで、意外に遠くまで見渡せた。校門から通学路に沿って見ていくと、斜面に密集した住宅街、山を下りたところで交差する国道、その周辺の本屋やファストフード店、国道と並行に走る線路。その先の川……までは見えないか。人の気配もなく、やや朝靄がかった風景は、確かにちょっと悪くない。

椅子の背もたれ部分に片肘を立て、手に顎を載せて彼女を見る。背中を向けた彼女の表情は、当然ながら分からない。

何のために彼女は、屋上まで来たがったのだろう。単なる興味本位、なのだとは思うのだが。

彼女が好きだった相手に、直接の面識はない。幼馴染で、サッカー部で、結構な人気者らしい、という位だ。うちの高校のサッカー部は、あまりタチの良くないヤンチャをする奴らが多いのだけれど、その一人であるクラスメイトに聞いたところ、彼は染まらず真面目にサッカーに勤しんでいるらしい。聞く限りは結構な好青年だ。

彼女が好きになるのも不思議ではないし、彼に恋人ができるのも、それを一番仲の良い幼馴染に報告するのも不思議ではない。理不尽な展開はどこにもない。なんて論理的な世界なんだ。素晴らしい。

だから、たかが恋を無くしただけで、そんな不安定になることもないだろう。僕はそう思うのだけれども。

今、彼女は屋上の縁で、動かないし、喋りもしない。失礼な感想だとは思うが、馬鹿が静かだと不安になる。最近の彼女は、時々そんな感じだった。

可能性としては低い。そもそも学校の屋上より簡単に入れて、より高い建物はいくらでもある。そのためだけにここに来る理由も、ましてや僕を巻き込む理由もない。

もし彼女がそのつもりだとして、今それを実行されたら、残された僕はどういう立場に置かれるだろうか。警察やら彼女の家族やらに説明を求められる場面を想像して、僕は顔をしかめる。非常に面倒くさい。

彼女の表情は分からない。遮るもののない風に、肩の上で切り揃えられた髪を押さえる彼女の頭は、少なくとも下を向いてはいない。短めのスカートも押さえた方がいいと思う。見えはしないが。残念ながら。いや残念でもないが。

多分、僕も頭が回っていないんだろう。こらえる必要もないアクビの衝動に素直に従った後、椅子から立ち上がって歩き出す。

気配を感じたらしい彼女が振り向いて、その表情はいつも通り、なのだろうか。常に何かからかうように光る瞳や、何が楽しいのかいつも笑っているように見える口元に、何か影が落ちていないだろうか。

寝不足と下らない心配に邪魔された僕の思考は、

 

高い所から飛んで、それで自由になれるわけではない。鳥になれるはずなんてない。いくら馬鹿でも分かっているだろう。

 

小話:下書き2

誰が使うわけでもないからだろう、掃除している様子はない。

そこら中に鳥の糞がこびりついているし、風で運ばれたのか砂が積もって歩くとジャリジャリする。明らかに人工物なごみ―コンビニ袋やら何やら―は、これも風によるものだろうか。あるいは業者や、今の僕たちのように忍び込んだ誰かが放置していったのかもしれない。

「開放的ですねっ」

それでも、彼女のテンションは高い。僕もまあ、楽しくないといえば嘘になる。朝6時の眠気と朝日と肌寒さ。僕は彼女に誘われて、学校の屋上にいる。

 

給水タンクを点検する業者が、鍵をかけ忘れていったらしい。なぜそんなことが分かったのか聞いたところ、常に屋上に行くチャンスを狙って、何かの間違いで鍵が開いていないか、定期的にチェックしていたのだという。

いつも通りの馬鹿みたいなテンションで、しかし周囲を憚って小声でそれを報告した彼女は、僕に次のような「屋上潜入計画」を提案してきた。

その1。本日放課後、学校に居残り、誰もいなくなるのを待つ。

その2。夜明けとともに屋上に潜入する。

僕の問い:今日? 彼女の答え:明日だと鍵閉められてるかも。

問い:セキュリティとか。答え:ああいうの外からの侵入者対策だと思うから、始めから中にいれば多分大丈夫。

問い:ひとりで行け。答え:夜の学校に一人とか怖い。

…分かってくれるとは思うのだけれど、一般的な高校生男子が、ちょっとした非日常的体験の予感に釣られたとしても無理はない。憎からず思っている後輩からのお誘いなら、なおさらだ。

 

周囲を一通り見て回った彼女は今、一番眺めの良い北側の縁に立っている。僕は入口そばで、椅子に逆向きに座って彼女を見ている。椅子は、屋上手前に、おそらく廃棄のため纏められていたのだろう幾つかから拝借したものだ。もっと近くにいるべきだと思うのだが、恥ずかしながら高い所が多少怖い。下を見下ろせる場所には近づきたくなかった。

所詮は学校なのでたかだか5階建てだけれど、山の中腹に建っているおかげで、意外に遠くまで見渡せた。斜面に密集した住宅街、通学路を下っていくと交差する国道、その周辺の本屋やファストフード店、国道と並行に走る線路。その先の………川までは見えないか。人の気配もなく、やや朝靄がかった風景は、確かにちょっと悪くない。

椅子の背もたれ部分に片肘を立て、手に顎を載せて彼女を見る。背中を向けた彼女の表情は、当然ながら分からない。

彼女が好きだった相手に、直接の面識はない。幼馴染で、サッカー部で、結構な人気者らしい、という位だ。うちの高校のサッカー部は、あまりタチの良くないタイプのヤンチャ揃いなのだけれど、その一人であるクラスメイトに聞いたところ、彼はそいつらにも染まらず真面目にサッカーに勤しんでいるらしい。まあ聞く限り、結構な好青年だ。

彼女が好きになるのも不思議ではないし、恋人ができるのも、それを幼馴染に報告するのも不思議ではない。非常に論理的だ。不明点は一切ない。

たかが恋を無くしただけで、そんなに不安定になることもないだろう。僕はそう思うのだけれども。

彼女は屋上の縁で、動かないし、声も発しない。凄い失礼な感想だとは思うが、馬鹿が静かだと不安になる。

 

小話:下書き1

誰が使うわけでもないからだろう、掃除している様子はない。

そこら中に鳥の糞がこびりついているし、風で運ばれたのか砂が積もって歩くとジャリジャリする。明らかに人工物なごみ―コンビニ袋やら何やら―は、これも風によるものだろうか。あるいは業者や、今の僕たちのように忍び込んだ誰かが放置していったのかもしれない。

「うん、開放的だねっ」

それでも、彼女のテンションは高い。僕もまあ、楽しくないといえば嘘になる。朝6時の眠気と朝日と肌寒さ。僕は彼女に誘われて、学校の屋上にいる。

 

給水タンクだかフェンスだかを点検する業者が、鍵をかけ忘れていったらしい。なぜそんなことが分かったのか聞いたところ、常に屋上に行くチャンスを狙って、何かの間違いで鍵が開いていないか、定期的にチェックしていたのだという。

いつもより3割増しのテンションで、しかし周囲を憚って小声でそれを報告した彼女は、僕に次のような「屋上潜入計画」を提案してきた。

その1。本日放課後、学校に居残り、誰もいなくなるのを待つ。

その2。夜明けとともに屋上に潜入する。

僕の問い:なぜ今日? 彼女の答え:明日じゃ鍵閉められるかもしれないでしょ。

問い:セキュリティとかあるのでは。答え:ああいうのって外からの侵入者対策なんじゃないの? 始めから中にいれば大丈夫だよきっと。

問い:ひとりで行け。答え:夜の学校に一人とか怖いじゃん?

…分かってくれるとは思うのだけれど、一般的な高校生男子が、ちょっとした非日常的体験の予感に釣られたとしても無理はない。憎からず思っている同級生からのお誘いなら、なおさらだ。

 

人権とか:下書き1

「小さな政府」 反社会福祉 保守派
→道徳や「国家」といった枠組みに関しては厳しい印象
→統一された道徳、規範、国民・民族意識 「大きな物語
→人々が自主的に「従順」であることを求める? それを前提とすれば、非人称的・事務的・システム的な社会維持機構は必要ない
→例えば身分制度、「伝統的」家族制度などに人々が疑問を持たなければ、社会維持のコストは一般大衆が諾として負担する 政府・システムとして用意する必要はない
⇔「大きな政府」 システム的なセーフティネットワーク…個々人の内面的あり方、社会や国家や道徳的なあり方については規制しない その分、社会維持のためにある程度のシステムが必要

多文化主義 自文化への誇り 他者・他国に対し自尊・独立の主張
→人権尊重のみがそれを可能にする基盤
→「自分とは違っていても相手を尊重する」という共通基盤がなくては、自分とは違うものを認める根拠はない
人権…最低限の基準 異なる価値基準の共存 自分とは違うけれども認めるという態度 あらゆる価値観の「基盤」である人間そのものに対する尊重 
それぞれ自分の信じる価値観にしたがって生きることの保障
⇔自分の信じる価値観で社会を塗りつぶすこと ex.パット・ロバートソン


人権の制限、その方向での改憲→特定の思想を優越したものとして据えること 近代的価値の否定

愛国心:下書き2

僕が愛国心という言葉に好感をもてないのは、愛国心という言葉が好きな人たちが好きではないから、という理由が多分に含まれるのは否定できない。のだけれど、それとは独立して、やはり愛国心という概念自体に対して、嫌悪感とまでは行かなくても、何というか遠ざかりたい気持ちになる理由が、それとは別に存在するように思う。

 

愛国心は一種のフェティシズムに過ぎない、と考えることがある。その理由は、国家とは実体ではなくシステムだ、とみなしているからだ。それを物象化して崇拝するのだから、フェティシズムの要件は満たしているだろう。

 国家は自然発生したものではないし、個人より以前にある存在ではない。それは人為的に作られたシステムであり、従って所定の目的を持っている。

では、国家というシステムは何のために存在しているか。国家そのものの存続や称揚ではない。個々の人間が、個々に存在するよりも集団化することで生存と繁栄を容易にしようと努め、その目的の為にその集団を効率的に運用するシステムとして、国家が存在する。つまり、国家の存在意義は、個々の人間の生存と繁栄の確保である。人のために国家があるのであって、その逆ではないことは、さすがに自明の理だとみなしたい。

である以上、国家がそこに属する個人のために奉仕することは当然である。

 

弱肉強食 自力救済 生活保護に対する批判

社会保障に頼る「弱者」を批判する人びとは、なぜ自分が国家の庇護下にいることを疑問に思わないのか 

であれば、自力で生きていけばいい。国家の存在は必要ない。 

 

センター試験 社会保障制度 への忠誠心?

 

全体は部分の集合以上のもの

 

国家を単なるシステムと規定してしまうと、国家が主体として振る舞う場面で齟齬が生じるように思う。国際社会における第一のポリティは現在のところ国家であるし、一国内においても、例えば訴訟の対象となるには法人格が必要であって、単なるシステムに責任能力はない。国家の犯罪だとか、不作為だとか、その他諸々を追求するにしても、国家は一個の独立した主体でなければ不都合だ。

 

所属組織に対して愛着が生まれることは、自然なこととして理解すべきだろうと思う。ただ勿論、それが無条件なものであるはずはない。三年間いじめられていた学校 ブラック企業 ブラック企業こそ愛社精神を強調する

 

愛されるなら愛されるに値する存在になる必要

 

子供は親を無条件に愛さなければならないのか

システムを維持するための義務 所属組織に対する愛着

 

パトリオシズムとナショナリズム 愛郷心愛国心 イタリア

国語の読解とはどういうものか

「作者の気持ち」を理解する必要はない

 

「作者の気持ちなんてわかんねえよ」というのが、国語が苦手な人の常套句であるように思う。が、この時点で間違っている。

まず、認識しておくべきは以下の二点。

「作者の気持ちなんて聞いてない」

「君の感想も聞いてない」

国語で問われているのは、「この文章には何が書かれていますか」ということのみで、答えは全て本文に書いてある。従って必要なのは「文章を書かれたとおりに読む」こと。つまり文法規則や文章構成通りに読むこと、端的に言うと誤読しないこと。

 あらゆる文章には解釈の余地がある。同じ文章でも、読む人によって解釈は変わる。

それはそのとおりだけれど、学校科目としての国語で求められているのは、「テクストは読み手に開かれている」とかそういうテクスト論的な話ではない。

そもそも「解釈」の幅は無制限ではない。

例えば、『僕は今日はカレーが食べたい』を、「ラーメンは豚骨醤油に限る」という意味の文章だと解釈して良いだろうか。

「良い」と答えられても困るので、「良くない」という前提で話を進める。

『僕はカレーが食べたい』という文章だけが単独で存在する場合、文法通りに可能な解釈は、文中の「僕」が「カレーが食べたい」と考えている、ということのみだ。

で、国語の問題が聞いているのは、『「僕はカレーが食べたい」という文章には何と書かれていますか』ということであり、その答えは『「僕」が、「カレーが食べたい」ということ』である。それ以外のことは求められていない。

 

「文脈を読む」とは書いてもいないことを読み取ることではない

 

文脈を読む、という行為はもちろん必要だ。が、これも別に、書いてもないことを想像しろ、ということではない。

 

本文:

「僕はカレーが食べたい」

母の問いかけに、タカシはそう返答した。

彼にとって、カレーと言えばチキンカレーのことだった。

 

 問:

タカシ君が食べたいのは何カレーですか

 

 答:チキンカレー

 

本文:

「僕はカレーが食べたい」

母の問いかけに、タカシはそう返答した。

彼にとって、カレーと言えばチキンカレーのことだった。先週までは。

タカシは一昨日初めて食べたグリーンカレーの刺激が忘れられない。

そのことを伝えようとしたのだが、母は「分かった」と言って、さっさと電話を切ってしまった。近所のスーパーは8時に閉まるので、急いでいたのだろう。

 

 

問:

1.タカシ君が食べたいのは何カレーですか

2.晩御飯で出てくるのは何カレーですか

 

答:1 キーマカレー 2 チキンカレー

 

『僕はカレーが食べたい』だけでは曖昧過ぎる。何カレーなのか、「僕」が誰なのか、場所や日時の設定はどうなっているのか、確定できる要素がない。前後の文章、つまり「文脈」が追加されることによって、それは明確になる。「文脈」とは、文章を複雑にするものではなく、解釈の幅を狭めて明確にするものなのだ。

 

「自分自身の考え」は必要ない

 

国語の基本は「文章を書かれたとおりに読む」ことで、これは評論でも随筆でも小説でも共通だ。試験で出題されるのは、文法規則や文脈の通りに読めば、解釈がひとつに絞られるはずの箇所のみである。従って、随筆や小説でも、読む人によって解釈が異なるような箇所は、問題となることはない。「正解」が作れないからだ。

その点を踏まえれば、読解の練習のために重視すべきは評論だ。評論は、主張したいことが正確に伝わるように書かれている。『AはBだ』という主張を、「AはCだ」とか「AはBではない」とか理解されると困る。「AはBだ、と作者は主張しているのだな」と読み取ってもらわなければ意味がない。きちんと読んでいるのに意図が明確に読み取れないなら、それは文章の方が悪い。少なくとも教科書や試験で出題されるものは、読めば伝わる文章が選ばれている。

その場合重要なのは、自分の意見や感想を挟まないこと。仮に書かれていることが間違いだと思っても、それは読解とは無関係だ。

 

本文:

1+1は2だが、同時に3でもある。従って2+2は4でもありながら、6でもあるのだ

 

問:

『2+2は4でもありながら、6でもあるのだ』とありますが、それはなぜですか

 

答: 1+1は2だが、同時に3でもあるから

 

「1+1は2であって、3というのは間違いだ」と思ったとしても、それは「この文章には何が書かれているか」の読解とは切り離されなければならない。

『男は男らしく、女は女らしくあるべきだ、何故なら……』という本文があって、『男が男らしくあるべきなのは何故ですか』という問があれば、本文の『何故なら……』から答えを探さなければならない。「男は男らしくあるべき、などというのは間違いだ」と思っても、その感想は読解とは関係ない。『恐竜は爬虫類の祖先である』といった数十年前の評論問題を解くときに、「いや鳥類の祖先だよね?」という反論は無意味だ。本文の前提は「恐竜は爬虫類の祖先」なのだから、その前提に従って読み進めねばならない。

 

主張されたことを主張されたとおりに理解する

 

これは「書かれていることを無批判に受け入れろ」ということでは無い。「相手の意見を理解する」を、「相手の意見を受け入れる」とイコールだと考える人が、何故かたまに居るようだけれど、全く違う。

自分の発言に反論されて、「俺そんなこと言ってないのに」と思った経験はないだろうか。ある主張に賛成するのも反対するのも、その「主張」を理解してからの話だ。元々の「主張」に対する理解が的外れであれば、それに対する賛成も反対も単なる妄言でしかない。『カレーが食べたい』という主張に、「え、おまえカレー嫌いなの?」と返答されても反応に困るだろう。

 つまり、相手の意見をなるべく正確に捉えること。あらゆる議論の出発点はここだ。それが出来て初めて、相手の意見に対する自分の意見・感想・反論が意味を持つ。これが出来ていないものは議論の振りをしたウンコの投げ合いである。

学校教育の国語読解は、本来その基本を身に付けるためにある。

 

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次書くかもしれないことのメモ:

指示語 接続詞 記述は具体的に 言い換え表現 評論の構造と小説の構造